- 創設
1981年(昭和56年)6月。「羽衣小学校PTAコーラス」として創立。
1990年2月10日 第一回定期演奏会開催(「コーロ羽衣」と改名)
第三回定期演奏会開催にてPTAコーラスより独立。
- 団員
初代、羽衣小学校PTAコーラスに集まってきた人たちが中心となっています。
一般合唱団への発展と共に「コーロ羽衣」と命名、地元の人たちの参加によって現在のメンバーが構成されています。
(姉妹団体である「大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団」のメンバーも参加して、パートリーダーを務めています)
- 団費
団費:3500円
*楽譜代、コピー代、その他適時に必要な場合があります。
- 定期演奏会他
◆毎年、6月か7月頃に開催。
◆地域の「合唱祭」
- ♪♪団内コンサート奮戦記♪♪
2011年12月24日
「合唱といえども一人一人歌うことに自覚を持ってステージに臨む」という指揮者のモットーの元にコーロ羽衣では、団員が発声の個人指導を受けています。
そして2年位に一度団内でその成果を披露します。八回目の今回は、特別ゲスト三名(東京コレギウム二名、大阪コレギウム一名)の方々にも聴いていただきました。
さて、その顛末や如何に!
今回初参加の二人の感想をおとどけします。
- ♪2011年コーロ羽衣団内コンサートを終えて
メゾソプラノ 山下 由紀
12月24日朝、気象予報士は今日はホワイトクリスマスになるところもあるでしょうと言っていた。寒くなりそうな一日が始まった。
東日本大震災、原発事故と困難に立ち向かう日本ではあるが、あたりにはそれなりのクリスマスムードがあった。この日、コーロ羽衣は団内コンサートの日を迎えた。
入団して2年余の私にとっては、はじめての団内コンサート。団員の前で一人で立って歌うのだ。当間先生の前で一人で立って歌うのだ。定期演奏会は2回経験していて、人前で歌う楽しさは味わったことがあった。
一人で歌うことは御免蒙りたいと思っていた。しかし逃げられない現実があった。目覚めてから緊張が続いていた。食事もそこそこに鏡の前で笑顔をつくり練習を始めた。
早く時間が来て欲しかった。4か月必死で練習してきた私の2曲のひと区切りの日。私らしく歌って終わりたいと願った。練習量だけは自信があった。
ついに私の順番がきた。楽しく歌う、笑顔で歌うと心がけるつもりであった。両手が震えているのがわかった。こんなはずではなかった。歌いきるしかなかった。
歌い始めてからは一瞬だった。終わった。大慌てで礼をした。力が抜けた。拍手をもらった。ありがたかった。終わった。忙しい中、私の伴奏を引き受けてくださった
葛葉さんありがとう。練習も楽しかったです。声の出し方もよく知らないど素人の私に、熱心に指導してくださった倉橋先生にとてもとても感謝しています。
団員の伴奏をしてくださった明子先生、長谷川さんにとてもとても感謝です。
同日のサプライズとスペシャルも忘れられない思い出となりました。「東京コレギウム・ムジクム」の女性二名と「大阪コレギウム・ムジクム」の男性一名の方々からの歌のプレゼント。
三人三様素敵でした。ありがとうございました。最後は、倉橋先生の演奏をいただきました。歌から情景が見えました。歌から心があふれ出しました。聴き入りました。うっとりでした。
歌というものの魅力をたっぷり味あわせてもらって、本当に贅沢な時間を過ごしました。幸せ。
最後の当間先生の講評はどきどきして臨みましたのに、大事なところはすっかり忘れてしまったペケポンな私です。
心に残っているのは「みんなが歌がすきなんだなあというのがよくわかった」とおっしゃったことです。団員めいめいが一生懸命歌った気持ち、魂が先生に伝わったのだと思われ、2011年コーロ羽衣団内コンサートは大成功だとうれしく思いました。
2011年を私はコーロ羽衣に感謝して締めくくりました。ありがとう、コーロ羽衣のみなさん。
帰り道、白い雪がふってきました。
- ♪ソプラノ 宮田 芙由紀
初めての団内コンサート、とても緊張しました。
練習もあまりできていなくて不安なまま当日を迎えました。
順番を待っている間はドキドキして落ち着かなかったけれど、本番は楽しんで歌えました。
次回はしっかり練習して本番に臨みたいと思います。
苦手な外国語曲にも挑戦してみたいです。
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